エルメスとAppleの決断に学ぶ:本革製品とサステナビリティのこれから

サステナブルな取り組みがファッションやテクノロジー業界で加速しています。
特に大手企業の動きが、私たちの生活や価値観にどのような影響を与えるのか、注目が集まっています。

Appleが環境保護をテーマに掲げ、レザー製品の提供を廃止してから1年が経ちました。
この決断は業界内外で議論を呼び、サステナブルな素材への転換が求められる中、本革製品を扱う私たちのような工房にも新たな問いを突きつけています。

特に驚かされたのは、エルメスのようなラグジュアリーブランドとの提携も例外ではなかったこと。Appleとエルメスが築いてきたパートナーシップは、ラグジュアリーとテクノロジーの融合の象徴でしたが、それが一変した背景には、環境保護への強いコミットメントがあります。

こうした動向を踏まえ、私たち小さな事業者がどのようにサステナブルに向き合うべきかを考えることは、時代を見据えた大切なテーマです。

このコラムでは、環境保護や本革製品の未来について、私自身の見解をお伝えしたいと思います。
ただし、これはあくまで主観的なものであることをご了承ください。

SDGs:現代のキーワードか、昔からの知恵の再確認か

森の中にあるガラスの地球儀。

SDGsという言葉、このフレーズを知らない者はいないでしょう。
新聞を開けば、必ずといっていいほど、その頭文字を目にする。

持続可能な開発目標を示すこの言葉は、環境問題からLGBTQ、人種差別、製造業、働き方まで、幅広いテーマを網羅する17の目標をキーワードに世界中で掲げ出されています。

地球環境への懸念は高まる一方。
それを示すかのように、年々悪化していく酷暑や集中豪雨、それに伴う災害は、森林伐採や大型都市化など、これまでの地形学を無視した開発との関連を指摘されている。

この地球に生きている以上、地球環境のことを考えることはとても大切なことです。
でも、SDGsという新たな言葉って作る必要があったんだろうか。

新たな取り組みをしなくても、昔からの知恵や方法を見直せばいいのではないか。

100年の進化と1000万年の持続性:あなたならどちらを選ぶ?

人間の進化の過程

革製品を例を挙げてみたい。
革製品はもともと、動物の命を尊重し、動物の命を最後まで大事にするという発想から生まれたはずである。

現代のように多量かつ低コストでのものづくりが可能となったのは、19世紀後半と思われる。
言わずと知れた発明王トーマス・エジソン、交流電流を開発したニコラ・テスラ、電話を発明したアレクサンダー・グラハム・ベル、ガソリンエンジンを使用する自動車を発明したカール・ベンツ、空気が入ったゴムタイヤを発明したジョン・ボイド・ダンロップ。

これは僅かな例に過ぎない。
19世紀後半は技術革新の時代であり、多くの発明家たちがその時代に名を馳せてきた。
彼らのおかげで現代の便利さが加速したのは間違いない。

しかし、地球の歴史は46億年。人類の歴史は1000万年。
この時間軸の中で、大量生産や石油製品の台頭はほんの一瞬です。100年そこらしかない。
1000万年という長い歴史の中で、人々は知恵を振り絞って、少ない資源を有効に活用し、発展してきたはずです。

私たちが便利さを追求するあまり、私たちの祖先が当たり前のように行ってきたことを忘れ、人工のものばかりを重視してしまったのである。

一度立ち止まって、祖先の知恵を取り戻す時期なんじゃないかと思うのです。

本革の魅力:自然素材への永遠の愛

シュリーの革がテーブルに並んでいる

私は、本革製品を愛しています。本革製品を扱うことを職業とし、家族を養っている。
日常生活では、財布やスマホケース、キーリングといった小物を頻繁に使用し、革以外にも、帆布のような天然の素材を好んで使用する。

革や繊維など天然素材の全てが私を魅了します。
綺麗に染色された山羊革の美しさ、カーフレザーの柔らかさ、ヌメ革独自の香り、そして経年変化を楽しむことができる特性。

常に、革が似合う自分でいること。それが、本革の持つ魅力を最大限に感じられる瞬間である。
だからこそ、多くの高級ブランドでは革製品が主流となっているのではないだろうか。
そして、多くの人が高級ブティックを訪れ、革製品を手にしてきたのではないだろうか。

エルメスの信頼:環境への誠実なアプローチ

革を広げてバッグを作ろうとしている職人

2022年の秋、私は紅葉が見頃を迎える京都にいました。
目的は「エルメス・イン・ザ・メイキング」展に参加するためでした。

世界で最も高級なレザーを仕入れることができるのは、エルメスだけです。
世界で最も美しく、最も上質で丈夫さをも兼ね備えた一握りの革素材。

エルメスのお眼鏡にかなう最上級の革素材をフランスの職人が使い慣れた道具や素材を用いて、制作に取り組む。
だからこそ、エルメスで最も有名なバーキンと呼ばれるバッグは、国産の4人乗り新車1台以上の値段がするのに、常に予約待ちなのだ。

展示会では、バッグだけでなく、エルメスのカレ(シルクスカーフ)、財布、手袋などを手がける職人たちの製造過程が公開されていた。
子どもから大人まで楽しめるコンテンツまで用意されていて、どの職人も、技術やプライドよりも、エルメスというブランドをとても愛し、そこに職人として関われるプライドを持って、製品一つ一つを大切にしている様子が伝わってきた。

「本物」 – このフレーズが世間にどのような印象を与えるか自分なりに深く考えてみた。
多くの高級ブランドにはリペアサービスが提供されていますが、エルメスも例外ではありません。

エルメスはもともと1837年に、馬具や乗馬用のアイテムを手掛ける会社として設立されました。
旅行も馬車で行くことが当たり前だった時代に出来た、王族や貴族のための製品づくり。親から子、子から孫へと何代も受け継がれていく革製品を作り続けていたのです。

エルメスにとって、丈夫で長持ちは当然、製品の修理やアフターケアは彼らのサービスの基盤となっている。

物を大切にし、長く使い続ける文化。
それは、エルメスが職人や素材の生産者、そして顧客との長期的な関係を重視しているからです。

エルメスは、製品の質だけではなく、それを支える人々(職人、生産者、顧客、クライアント)との強固な信頼関係に誇りを持っている。
ブランドとは、単に名前やロゴだけでなく、それを背景に持つ「信頼」を意味するものです。

なんて素晴らしい会社なのだろう。

日本の伝統:物を長く使い、受け継ぐ価値観

花柄模様の美しい和布に、緑色の房飾りが添えられた伝統的なデザインの布地。紫や白を基調とした花柄が調和し、上品で華やかな雰囲気を醸し出しています

長く受け継がれる文化や物。 これは、日本の伝統にも深く根ざしている。
たとえば、着物。
多くの着物は、絹やシルクで作られている。そして、サイズ調整を考慮して、多めの縫い代を取って仕立てられる。
成人式では、お母さんやおばあちゃんの振袖を受け継いで着る女性もいれば、男性の場合、父から子へと紋付き袴が受け継がれることもある。
また、古くなった着物は、リメイク技術を活用して、小物や布類に生まれ変わる。

私も子供のころ、使わなくなった浴衣を夏の寝巻として活用していました。
和風のアクセサリーや道具も、長期間使用することを前提とした設計になっている。
たとえば、下駄や草履は、基部が傷まなければ鼻緒を取り替えるだけで再利用が可能だ。
帯も、他の用途にアップサイクルすることができ、昔は資産として価値が認められていた時代もあった。

伝統的な日本家屋も同様で、障子や畳は時折取り替えが必要だが、築100年以上経っていても、基本構造や壁は丈夫に作られ、何世代にもわたって使用できる。
伝統的な屋根も修理や再利用が可能だ。

そして、日常のツールにおいても、良質な包丁やハサミは、適切に手入れや研ぎ直しを行えば、何度でも新品同様の性能を取り戻すことができます。

しかし、私たちが新しい物を速やかに、簡単に手に入れることが日常となっている現代において、物の価値を見失い、無意識のうちに適当に扱っているのではないか。

動物との関係性:古代からの共存と現代の課題

朝霧に包まれた牧草地に佇む複数の牛たち。前景には角を持つ牛が静かに立ち、奥にはぼんやりと他の牛や木々が見える、穏やかな自然の風景

革に限らず、人間の服やアクセサリーの多くは、動物由来の素材でできている。
ミンクやフォックスの毛皮、ウールとして知られる羊毛、シルクなど、多くの素材が私たちの衣類に使われてきた。
染料にも、動物が由来となるものが存在します。

特に注目すべきは、紫色。
古代の多くの地域では、この紫の染料は極めて希少であった。
紫の色を出す貝があまり収穫できず、さらに一度の染め作業で少しの糸しか染められなかったから。
日本の歴史において、聖徳太子が制定した冠位十二階での紫は、その希少性から高い地位の象徴とされ、選ばれた貴族だけがこの色を纏うことができたとされている。

一方、南米の伝統的な衣装の中に見られる鮮烈な赤は、コチニールという昆虫から取得される染料で染め上げられている。
このように、自然や動物から得られる染料は、歴史を通じて私たちの生活や文化に影響を与えてきました。

近年のファッション産業には、ヴィーガンレザーなど、動物を使わない製品へのシフトが見られる。
デザイナーの中には、ステラマッカートニーのように動物由来の素材を一切使用しない人もいます。
「他の生き物の命を私たちの服飾のために犠牲にするのは残酷だ」との考えを持つ業界関係者も増えてきています。
持続可能な開発目標(SDGs)が世界中で推進される今、この考え方は一理あるようにも思える。

しかし、私たちの歴史を深堀りしてみよう。
何故、人間は動物の皮や毛を身に纏うようになったのか。
動物や自然の恩恵を受けてきた私たちの歴史を振り返ると、火を炊く技術も持たなかった頃の先祖たちは、動物の皮や毛に頼り、厳しい冷気から身を守りながら生き延びてきた。

その頃の人々にとって、織物や縫製といった技術は未知であり、彼らが頼ることができたのは、獲れた動物の皮や毛だったはず。
食料として動物の肉や骨髄を頂くこともあったでしょう。
動物の皮を使用することで狩猟や身の保護を向上させ、その経験を通じて、私たちは動植物や自然の現象に感謝と敬意を抱くようになったはず。

このような背景から、八百万の神という日本神道独自の発想や、北海道のアイヌ神話、ネイティブアメリカンのシャーマニズムや古代中国から続く陰陽五行などが、世界中のあちこちで文化や学問として成り立ってきたのではないでしょうか?

動物や自然の資源をうまく利用し、持続可能な方法で生計を立ててきた私たち。
火の技術を獲得し、農業を始めることで、私たちの生活様式は定住型へと変化した。
家畜を飼うことで、私たちの先祖は資源を最大限に活用し、生き物の命を大切にした。
皮や毛、骨をアクセサリーや道具として使用したことは、古代の遺跡からの発掘品にも示されている。

多くの伝統的な印鑑は、水牛や象牙など、動物の骨や角から作られています。
自然の恩恵を感謝し、それを保護する姿勢。
それが私たちを寒さから守り、活発な生活を可能にし、人口を殖やし続けられるようになっていったのである。

しかし、近年、石油や化学製品を中心とするライフスタイルが主流となり、自然への感謝や認識は希薄になってきた。
私たちが未来の持続可能な社会を構築するためには、自然との関係を再評価し、それを大切にする必要があるのではないでしょうか。

物を選ぶ、物を大切に:革の背後にある持続可能なメッセージ

私は革という素材に心から魅了されている。
革は、私にとってはもうひとつの皮のように感じます。
触れると心が安らぎ、暑い夏でも、革製品を身に纏うことで自分と革との境界がなくなることもある。
時間とともに、本革は身体に馴染み、まるで自分の一部のようになるのです。

財布や他の革製品を手にするたび、私は幸せを感じます。
皮から革を作るなめし業者さん、そして本来の持ち主だった牛さんにも感謝が湧いてきます。
今まで何万個にも及ぶ革小物を作ってきたからこそ、ここまで深く考えられるようになった。

近年、バイオテクノロジーの進歩により、動物を傷つけずに動物由来の素材を作る技術が注目されています。例えば、マッシュルームレザーという新素材もその一つ。この技術については以前、ブログ記事に詳しく書いたので、興味があればぜひご覧ください。

「本革はサステナブル?CxC Leatherが考える皮革産業の環境問題と新素材マッシュルームレザー」

確かに素晴らしい技術ですが、命への敬意や感謝の意味はそれだけでは完結しないと感じている。
命を大事にするということは、そういうことだけではないはずだからだ。

私たち人間は他の生き物に依存して生きている存在です。
私たちが呼吸するための酸素は植物から供給されています。
だから、受け取るものごとに「いただきます」と感謝し、その価値を尊重することが感覚が養われるのである。

便利さや自分たちの都合だけでなく、目の前にある商品がどのようなストーリーをもっているか。
何故、その値段で手に入るのか?または何故、そんな高額なのか?
それを知った上で、何を買い、何を買わないかを選ぶことこそ、持続可能な社会を作るための第一歩だと感じてならない。

 本物の証は、持つ者の生活や考え方に変化をもたらす力があります。
 それが、日々革と親しむ中で実感する世の中の真理である。

エルメスを始め、高級ブランドが持つ真の価値は、製品そのものだけではなく、そこに込められた思いや哲学にあると感じている。
 物を大切にし、自分の価値観に基づいて選択をする。それが、真の持続可能な社会への第一歩だと思います。

私たちが真の意味で物を再評価し、それを大切にする社会を築けば、SDGsという言葉はいらない。

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